君が逝ってから、どれくらい経つだろう。
カレンダーを見れば日付はわかる。でも、僕の心の中では、あの朝からずっと時間が止まったままなんだ。君が最後に笑った顔、握った手のぬくもり、かすかに聞こえた呼吸の音。あの瞬間だけが、鮮明なまま僕の中に居座り続けている。
出会いのこと
君と初めて会ったのは、あの雨の降る夕方だったね。傘を持っていなかった僕に、君は何も言わず傘を差し出してくれた。「いいんですか」と聞いたら、君は少し恥ずかしそうに「私、雨、好きなので」と言って笑った。
嘘だってすぐわかった。君の靴は雨を避けるように、軒下ギリギリのところに置かれていたから。それでも君は僕に傘を渡してくれた。あの瞬間から、僕は君のことが好きだったんだと思う。
その後、何度も会って、笑って、時にはぶつかって、それでも一緒にいた。君は僕の荒削りな部分を、削ろうとするんじゃなくて、そのままでいいよって言ってくれた。そんな人、君以外に誰もいなかった。
一緒に過ごした日々
朝、君が先に起きて、コーヒーを淹れてくれる音で目が覚める毎日。僕がまだ布団の中でぐずぐずしていると、「起きなよ、冷めるよ」ってドアの向こうから声がする。それだけで、今日も生きていける気がした。
休日には二人でどこへ行くでもなく、近所をぶらぶら歩いた。君は歩きながら、いつも空を見上げていた。「あの雲、犬に見えない?」「見えない」「えー、絶対見えるよ」そんな他愛もない会話が、世界で一番幸せな時間だった。
喧嘩もした。くだらない意地を張って、一日口をきかなかった夜もあった。それでも夜中に目が覚めると、君は僕の手をそっと握っていた。怒っていても、離れなかった。それが君だった。
あの日のこと
病院から電話がかかってきた日、僕は仕事中だった。画面に表示された番号を見た瞬間、なぜかわかってしまった。体が動かなくて、電話を取るまでに何秒かかったんだろう。
病室に駆けつけた時、君はもう眠っていた。でも不思議と穏やかで、まるで昼寝でもしているみたいだった。僕は君の手を取って、ずっとそこに座っていた。何も言えなかった。言葉が全部、喉の奥で固まってしまって。
ごめん。「愛してる」って、最後にちゃんと言えなかった。
今、ここに書く。
愛してる。ずっと、愛してる。
今の僕
君がいなくなってから、家の中が静かすぎる。コーヒーメーカーを自分で使うようになったけど、なぜか君が淹れてくれたのとは味が違う。豆も同じ、分量も同じはずなのに。きっと、淹れてくれる人が違うんだ。
夜、眠れない時は君との写真を見る。笑ってる写真、ちょっと怒ってる写真、旅先で疲れて寝落ちした写真。どれを見ても、涙が出る。悲しいんじゃなくて——いや、悲しいんだけど——それ以上に、君と一緒にいられたことへの感謝なんだと思う。
この手紙を書きながら、何度も止まった。うまく言葉にならないけれど、それでも書きたかった。君に届くかはわからない。でも、届いてほしい。
第二部でまた話しかけるね。
――君をずっと愛している人より

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